[1977年8月 機関誌「プロフェッショナル サウンド」No.14]

座談会
クラシック音楽とホール

文化庁主催 昭和52年度地方文化施設職員研修会より

     草刈 津三:東京都交響楽団 主幹
     千葉  薫:NHK交響楽団 ホルン主任奏者

     司会:若林 駿介(日本音響家協会会長)


どのようなホ一ルか望ましいか

──今日は、クラシック音楽を実際にやっておられるお二人の方をお招きいたしました。
皆さんのホールではもちろんクラシック音楽だけでなくポピュラー音楽、邦楽や講演会など、いろいろな公演が行なわれていると思いますが、焦点をクラシック音楽ということに絞って話を進めていきたいと思います。
最初に、良いホールというのはどういうホ一ルなのか、音からみて良いホ一ルとはどう定義すればいいのかということから考えてみたいと思います。漠然としていますけれども、音を鳴らす立場から、クラシック音楽の場合の良いホールというのはどういうホールなのでしょうか。

草刈:たいへん難しい質問ですけど、西洋音楽の場合はやはり響きを一番重視しています。特にオーケストラは、沢山の楽器が一諸に演奏されるわけですが、ひとつひとつの楽器が聞えてくるだけではあまり意味がない。それらの混ざり合った音が、ひとつのオーケストラの響きとして聞こえてくる必要がある。
オーケストラにはいろいろな楽器があります。それも、ただ、ばらばらに不特定多数の楽器が集まっているのでなく、いろいろなグループがあります。
例えば大きく分けますと、弦と管と打楽器の三つ位になるわけですけど、それぞれ弦、管、打楽器ごとにまとまった響きとなって、また一緒に混ざり合ってオーケストラの響になるということがあるわけです。
そういう音楽のために、外国の場合は歴史的にいろいろと考えられて出来たコンサート専用のホールがあるのです。我国には、これだけ多くのホールがあるのに、コンサート専用のホ--ルがないというのが非常に残念です。ヨーロッパのコンサ一トホ一ルとは、簡単に言えば音楽の響きを最も大事にしたホ一ルで、ひとつの部屋の中で演奏し、同じ天井の下で聴衆も聴くという構造になっています。つまり、ステージと客席が区別されていない形です。それは、室内楽を長方形の天井の高い一般のサロンで演奏することの延長と考えて良いと思います。

オーケストラの楽器の中で、弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ)は上の方へ音が出るわけです。それから金管は指向性があります。特にホルンなどは音が後の方へ出るのです。このようにいろいろな指向性をもった音が、全部混ざって、ひとつのロスもなく、うまくとけあって響くためにはステージと客席とがーつの天井で区別されていないコンサートホールが必要になってきます。

千葉:私も概念的に良いホ一ルということを考えてみますと、オーケストラ100人の音とは100の音を織別されることではなく、100がひとつになった音を提供できることだと思います。音楽家としては分離が良いということよりも、渾然一体のように聞える方が望ましいのです。

──多目的ホ一ルの中にも、クラシックを演奏してやリやすい所もたくさんあります。外国の指揮者が来て「日本のホールはなかなかいいじゃないか」という意見を聞くことがありますが、これはお世辞でしょうか。(笑)

 

外国のホ一ルの状況

千葉:日本にはとにかく多目的ホールしかないわけだから、外国のオーケストラに比べて日本の人の方が、ものすごく努力している。まあ、一番簡単な例でいいますと日本の反響板です。

──外国の場合は多目的ホールはないわけでしょうか。

草刈:沢山ありますが、音楽には余り使用していないと思います。昨年の秋に東ヨーロッパを廻って感じたのですが、東側の国は非常に貧しいものだから、超近代的なホールとか新しいホ一ルは殆んどありません。古いホ一ルをよく管理し大事に扱っているのが目立ちました。200年、300年と管理し残されているホ一ルというのは、やはり音がいいから残っているのでしょうね。そういう点では申し分ありませんでした。大きな都市ではコンサートホールが必ずひとつはあって、小さな都市ではコンサートホ一ルがなくてもオペラ劇場がある。このオペラ劇場でコンサートをやりました。

日本のホールというのは歌舞伎の影響じゃないかと思うのですが、割合プロセニアムが低くて長方形(横長)のものが多いですね。オペラ劇場ではプロセニアムが非常に高いから、反響板の天井が殆んど客席の天井と直線に近い感じになるので、客席に音が良く来るような気がしました。やはり、ステージと客席が分れていないひとつの部屋という感じです。

東ベルリンに多目的ホ一ルの最たるものがひとつありました。共和宮殿という超近代的な大会堂で、客席が15,000位の円形劇場です。ところが、電気仕掛けになっていてボタンを押すと円形の1/3が扇形になるのです。そして客席の真中にとても立派なミキシングコンソールがあって、それでPAするのです。そこのミキサーが非常に音楽的な人で、実にうまくPAをしてくれました。

 

残響について

──ホ一ルの大きさというのは、どの位が理想ですか。例えば客席の数は何人位のところが良いでしょうか。
草刈:やはりオ一ケストラのキャラクタや方針によって多少違うと思います。私たちの考えでは、東京文化会館では広すぎると思う。客席数でいうと1,800位のところが、じかに迫力みたいなものが伝わってくるし、コミュニケ一シヨンがいいのではないでしようか。

──残響時間というひとつの目安がありますけど、あまり長すぎても演奏しにくいでしょうか。もちろん残響時間だけで決まるものではないけれども・・・

千葉:残響時間の測り方というものにひとつ問題があると思うのです。それは現在、音響学的に衝撃音をだして測定しているからです。オーケストラの音楽だけを考えますと、もう少し低音の残響時間が延びた方がいいと思います。西洋音楽の組立てというのは、コントラバスが土台を作っておりまして、その上にいろいろな彩りが並ぶようになっている。高音もさることながら、一番低いコントラバスなどが聴こえないと意味がありません。いい音というのは数字で分析することはとてもむずかしいと思います。
いずれにしろ一般的に言って低い方の音の響きが少ないのではないかという気がします。

──とにかく我々エンジニアからみると低い方が出すぎていると分離が悪くなるので、あまり低い方は必要ないと思ってしまうのですが。

千葉:まったくお言葉どおりです。低い方が多いと分離が悪くなるとおっしゃいましたが、音楽家というのは分離されると困るわけです。コーラスのときなどもそうだと思うのですが、一人ではとても恥ずかしいけど、多勢ならば歌う気も起きるのではないかと思います。こういうことがオーケストラの特質のひとつにあります。 あまりに分離されることは、相当に抵抗があるんです。

──とにかく最近のレコードというのはステレオ録音で分離をたいへん重視しており、その影響が生の演奏会にも出てきていると思う。お客さんがレコードに聴き慣れていて、生の演奏を聴きに来ると分離が悪いとか、モヤモヤしといるとか言ったりします。

 

演奏技術について

草刈:千葉さんにお伺いしますが、音が溶け合った方がいいとおっしゃいましが、演奏しながら他人の音を聴いているのですか。

千葉:オーケストラのプレイヤ一の修業段階には、まずステージの多くの楽器の中で自分がどの順位の音を吹いているから、何番目位に小さくしなければならないとか、どの位まで上げなければならないか考えるわけです。それは自分と他人との関係です。その後に考えることは、その順位が整っているものと仮定して、自分の音をどの位持ち上げると全体がどの位持ち上がるかとか、その音がどこまで届いてどのように返ってきているとか、自分が最初の順位になった場合に自分がどの位はり上げるかということです。

──それが、ひとつの演奏の技術なんですね。

千葉:それが毎日違います。それで瞬間、瞬間が違います。

──ホルンはオーケストラの後方で吹いていらっしゃいますけれども、自分で吹いていて聴いた音と客席の音とどう区別していますか。例えば、このように吹けば客席ではこのように聴こえるだろうという予測をしていますか。

千葉:予測しています。どうやって割り出すか不思議です。仲間が吹いているときに横で一諸に吹きながらそれを聴いていて、たまたま客席で'聴くケ—スがあった場合にその仲間の音を聴いて計算しているのだろうと思います。

──当然、それはホールによって変わるわけですね。

千葉:はいそうです。

──それは例えば、ひと吹き吹けばその反応ですぐに処理できるものですか。

千葉:あまり当てにならないんですが、できるだろうと思います。

──ここで反響板について伺いたいのですが、演奏する側にとって反響板が有る無しによってずいぶん違いますか。相当、頼りにしているのでしょう。

千葉:頼りにしています。まず言えることは、演奏する人達は反響板がないと、とてもやりにくいのです。

草刈:張り子のような反響板でもあったほうがいいような気がします。特に反響板の天井が大事のようですね。天井の角度を可変できる所で、それを変えてみることによって客席への響きが大変違うのがわかります。

──最近のオーケストラの録音のときには反響板をはずして楽器の配置を横に散らばしたり、楽器を特別に分けたりするのですけれど、それは演奏者からみるとわざわざやりにくくされているわけですね。

千葉:まあ、素人っぽく言うとそうなんですけれども、どこまで音の缶詰作りに協力できるかということも、我々演奏家のテクニックだと思います。新しいテクニックに乗り遅れないように一生懸命やっております。最近は、レコ一ドと生とは別のものだと考えております。

──そうですね。そう割り切っています。

千葉:例えば、極端に言えばマイクロホンに対する演奏と、お客さんに対する演奏を区別しているようなところがあります。

──クラシックの場合は、そのように区別するようになってきたようです。ところがポピュラーの場合、PAがなければ音楽にならないので、現在のポピュラー演奏家たちはむしろマイクロホンを意識することに積極的になっているような面があると思います。

ホ一ルの音響家との交流を

──ところで、今までいろいろな音に関する問題が出てきたのですが、ホールの使い方、例えば楽器の配置等をいろいろと工夫するなどホールで働いているスタッフたちと一諸に考えれば、もっと良い結果が出るのではないかと思うのです。
そういう点から、ホ一ルのミキサーと演奏家の方達とがもっと交流を持つべきだと思いますが。

千葉:我々もゲネプロでいろいろとやっているのですけれど、やはりホ一ルにいつもいらっしゃるスタッフの方が、「これより前に出るとピアノが鳴り過ぎますよ」などとアドバイスしてくれると、とてもいいのではないかと思っています。
 自分の演奏や歌を、自分で客席に行って聴くことができないわけですから、ホールのスタッフの方々のご意見はたいへん為になります。

草刈:演奏家というのは自分の音がどういうふうに聴こえているのかということに対して、非常に不安をもっていますね。
私は演奏しているわけではありませんので、ゲネプロ等のときには必ず客席で聴いていて、指揮者にサジェスチョンしたり、個々の楽員の皆さんにアドバイスしたりしています。こういうことで、そのホールにいつもいらっしゃるスタッフの方々が一言アドバイスしてくれると、たいへん為になるのではないかと思います。

──演奏する方は、その不安がなくなれば演奏の方に全精力を注ぎ込めるでしょうね。

千葉:不安感が減れば減るほど、音楽が良くなります。

 

現在のホールについて

──さて、お二人とも各地のホールでの演奏会の経験がたくさんあると思いますが、その印象はいかがでしようか。

草刈:新しいホ一ルほど良いですね。ただ、割りと皆似ています。最近のホ一ルはあまり特徴がないような気がします。.

──個性がないということですか。

草刈:そうですね。ここ数年の間にできた東京近郊のホールをみても、だいたい規模が1000〜1500位の同じようなホールですけれど、音のキャラク夕が全部似ています。建築法による新建材のせいかもしれません。

──ひょっとしたら、全部NHK技研のフイルタにかかっているのではないかしら。

草刈:最近、私が疑問に思っているのは、録音をするための放送指向のデータが多目的ホ一ルに使われているのではないかということです。一寸、不安な感じがします。

千葉:実際の使用状況から言っても、かなりテレビなどの放送関係に使用されているケースが多いみたいですね。

──それも多目的の中の一つの目的でしょうから、その便宜を考えているのかもしれません。

草刈:今までは確かにコンサートホールを作っても需要が少なかったと思うのです。しかし今では、コンサートホ一ルを建てても常時使って、充分やっていける状況になっていますから、近い将来にコンサートホールのできる可能性はあるの
じゃないですか。何とかして、コンサートホールの建設を推進したいですね。■

このあと、空調騒音、楽屋やクロークの問題についての話がありました。
なお、この記事は文化庁のご厚意により掲載が可能となりました。
この頃は、未だ日本にコンサート専用ホール(音楽堂)は存在していなかったのです。