[1988年2月 機関誌「音響」54号]

公開実験会の報告

劇場スピーカの設計と使われ方


劇場設備調査研究プロジュクトについて

今や世界一といわれる経済大国となった日本において、市民会館を代表とする舞台と観客席を持つ文化施設が日本中に溢れている。
このような状況下で、舞台音響を演出する音響家も増大すると共に、それぞれの音響家の努力によって仕事の質も確実に向上してきているといえる。そして音響家は、増大する舞台音響の仕事を通じて、劇場の設備や建築計画、または運営などの問題について、多くの不満を持っていることも事実である。しかし、これまでの音響家は、いかに使いにくい設備を与えられても、それを黙って使いこなしてきた。

そこで日本音響家協会の資料調査委員会と日本音響コンサルタン卜協会の電気音響部会は、音響家の目からみた劇場音響が抱える様々な問題をフォーラムという形で順に取り上げて、そこでの提言を基に実験会を実施して、見た目だけでなく内容も充実した劇場設備の在り方を、より多くの人々に提案していくという『劇場設備調査研究プロジェクト』を発足させた。

したがって、この事業は音響家仲間の意識を高めていくだけでなく、劇場というものにかかわる施主や建築設計者、運営管理者、実演家、そして音響以外の舞台技術者など、多くの人々にリンクしていくことを一つの目的としている。

ここにまとめた『劇場スピーカの設計と使われ方』は、電気音響というものを持ってしまった現代の劇場が抱える永遠のテーマ「スピーカシステムの使われ方」をめぐっての公開実験会を1987年2月普門館大ホールで開催した。会場となった普門館大ホールは、約5000人を収容できるホールである。

  

舞台音響デザイナーからの提言

コンサートツアーの音響デザイナーから

コンサートツアーの面から考えると、劇場に高性能の音響装置が設置されていても、実際にその設備を活用することが困難なため、普段使用している音響機器を持ち込むことにしている。
そのほうが、短時間でセッティングができるし信頼できることから、出演者とスタッフが安心するのでコンサート自体も良い成果を得ることができるのである。また、現地で機材を借りる場合は、できるだけ普段使用していて、その特徴を把握しているものを指定している。生芸能は出演者とスタッフとの互いの信頼、劇場設備に対しての信頼がなくては良い成果が得られないものである。したがって、劇場の音響設備は、第一に音響家から信頼の得られる装置でデザイナーのイメージを具現することが可能な機構になっていなければ使用されなくなってしまうのである。
コンサートツアーの音響スタッフの劇場音響設備に対する問題点は次のようになる。

@音響専用で、十分な電力が供給できる電源が必要である。

Aフライングシステム用のバトンの設置。大型スピーカシステムを吊ることが可能なバトンが必要である。

B客席内にスピーカ回線を引き回す経路を設ける。

C舞台の両脇にスピーカシステムを設置したときの床振動や、側壁、後壁の反射音に対する対策が必要。

 

演劇の音響デザイナーから

演劇の効果音をデザインする立場から考えると、スピーカシステムは観客席から見えないことが望ましいのである。壁スピーカやフロントスピーカは補助として用いるのではなく、単独で使用するので十分な音量が得られなければならない。
プロセニアムスピーカは、観客席の最前部では天井スピーカと同じになってしまうという問題を解決することと、音像移動を可能な回路にする必要がある。
また、ホリゾント幕の後ろに常設のスピ一カシステムが必要であり、舞台上のバトンにもスピーカ回線を設備し、スピーカシステムを吊ることを可能にすべきである。
ステージ仕込み用のスピーカシステムは、再生する効果音や仕込む場所に応じて、口径の小さいスピーカユニットのものや形状の小さいシステム、吊り込み用システムなど各種が必要である。
壁スピーカは単独でも使用することがあるので、それぞれが観客席全体をカバーする指向性でなければならない。
舞台の床に設備されるスピーカコンセントは、舞台装置(美術セット)を設置すると塞がってしまう場所やアクティングエリア内に設けてはならない。また、本番中にスピーカシステムを設置または撒去することがあるので、コンセント•ボックスは上演中でも自由に接続や取り外しが可能な場所に設置すべきである。

 

劇場専属の音響デザイナーから

劇場の音は生が基準である。テープによる再生でも、できるだけ生演奏であるかのように聞かせることを目標としている。また、上演されるものは古い時代の場面設定のときもあるので、スピーカシステムはできるだけ観客に意識させないことが望ましい。そのためには、仮設のものでなく、観客席の壁面や天井に埋め込まれた既設の装置が有効である。
また、劇場で使用されるスピーカシステムは、それぞれのシステムが独立して使用されるので、メインスピ一力、サブスピーカという概念はないのである。壁や天井のスピーカは補助用としてではなく、単体で使用されることもある。したがって、それぞれのスピーカシステムが観客席全体をカバーできることが望ましく、パワーは単独で使用した場合でも十分な音量が得られるものでなければならない。
プロセニアムスピ一力は2チャンネルの場合、中央で音質が劣化するので、センターチャンネルを設けるべきである。壁スピーカは反対側の壁での反射音で、方向性を失ったり音質が劣化したりしないよう考慮して設置すべきである。

 

スピーカシステムの特性

スピーカシステムを壁や天井に埋め込んだ場合に、音質が変化することがしばしばある。なぜ音質が変化するのか、その要因を探る前に使用するスピーカシステムの特性を十分に把握しておく必要がある。

音は、障害物があっても、その後ろに回り込む性質がある。これを音の回折現象という。
一般に、この現象は障害物の寸法が音波の波長以下のときに生じる。つまり高音の方が、回り込みを阻止するための障害物の寸法が小さくてすむことになり、低音ほど回り込みやすいということになる。スピーカシステムを室内に設置した場合、スピ一力ユニットを取り付けた面が波長よりも大きい高音域では、スピーカから出た音波は前方に広がっていくことになる。しかし、低音域の音波は波長が長いので、図1のようにスピーカボックスの後方に回り込むことになる。


▲図1

したがって、高音域の指向性のコントロ一ルは容易にできるが、低音域については難しいということになる。そして、直接放射型のボックスよりホーンロ一ド型のボックスの方が指向角度は狭く、直接放射型でも口径の小さいスピ一力を使用したシステムよりも、口径の大きいスピ一力を使用したほうが、指向角度が狭くなる傾向がある(図2、図3)。

 
▲図2



▲図3

また、100 Hz以下の周波数帯域では、ほとんどの音がボックスの後方に回り込んでいると考えられる。
この特性を把握するために、スピーカを回転させて再生音を試聴し、周波数特性を測定してみた。実験に用いた会場(普門館ホール)は十分に広い場所で、スピ一力の近くには音を反射する物体がない状態である。測定点は観客席の中央である。

《測定結果》

各方向の伝送周波数特性を図4〜 7に示すが、まず低音域と高音域とに分けて、それぞれのレベルを観察してみると、各方向とも正面(0°)と比較するとレベルが減衰しているが、特に高音域での減衰量が大きいことがわかる。これは、高音域には指向性のコントロールされた定指向性ホーンスピー力が用いられており、これにより指向範囲より外れた45°から180°までの角度ではレベルが急激に減衰することになっている。これに対して低音域は、高音域ほど指向性がコントロールされていないため、方向によるレベル減衰の割合は高音域に比べて少なくなっている。
つまり、低音域ほどボックスの後方への回り込みが大きいことになる。


▲図4



▲図5


▲図6


▲図7

 

スピーカシステムを壁などに埋め込むと、なぜ音質が変化するのか?

プロセニアムスピーカや壁スピーカ、天井スピーカは、剥き出しのステージスピーカと比較して、音質が変化していることがしばしばある。これらのシステムは、ほとんどが埋め込み形であり、スピ一カシステムの上下左右と後方が壁で覆われていることになる。このような構造において、内壁が音を反射する材質であるならば、スピ一力の後方に回り込んだ音が反射し、干渉を起こし、音質を変化させてしまうことになる。また、スピーカシステム前方に近接する壁の反射による影響も音質変化の要因であると考えられる。
そこで内壁を吸音処理して、回り込みの音を吸音すれば、音質変化を低減することができる。
この状態を理解するための実験では、スピーカシステムを『吸音処理していない壁』で囲んだ場合と『吸音処理した壁』で囲んだ場合の伝送周波数特性を比較してみた。また、吸音処理した状態でスピーカシステムを囲いの奥に設置した場合の特性も測定した。(図8、図9)


▲図8

▲図9

《測定結果》

吸音処理がない場合には吸音処理をしたときに対し、伝送周波数特性では500Hz付近でレベルの減衰がみられ(図10、11)、RASTI 値 (*注)については吸音処理があると0.82、処理なしでは0.79と幾分ではあるが低下がみられる。これは囲いの内部に回り込んだ音が減衰せずに反射され、スピーカの前方に放射された直接音と干渉を起こすことによると考えられる。この干渉を起こす周波数は、スピーカの特性と囲いのサイズなどが関係するが、高音域では指向性がコントロールされていて、囲いの内部に放射される音のレベルが小さいため、干渉による特性の変化は少ない。


▲図10

▲図11

また、囲いの内部に吸音処理を施し、スピーカ位置が奥の場合、高音域ではあまり変化しないのに対し、500Hz近辺での干渉が著しくなるとともに、低音域全体のレベルも低下している(図12)。この影響はRASTI値の測定結果にもみられ、スピーカ位置が前方のときに比べ、RASTI値が低下している。


▲図12

劇場のスピーカシステムは、その存在が観客に意識されないように設置することが理想である。そのために通常は、スピーカシステムを壁面に埋め込んで、前面を布や格子などで覆うことになる。
スピーカの前に遮蔽物があると、そこで音が反射したり吸音されたりして、音圧が低下するばかりでなく、直進する音波と干渉して、音質を変化させてしまうことがある。
反射する音の量と周波数帯域は、布の厚さや目の細かさ、格子の桟の間隔と幅によって異なってくる。布は薄いもので目の粗いものほど影響は少なく、桟は細いもので間隔を空けた方が音質の変化は少なくなる。また、スピーカと前面部材との間隔の違いでも、音質の変化が異なる。できるだけ間隔を狭くすると音質の変化や音圧の低下が少なくなる。したがって、劇場のホリゾント幕や映画館のスクリーンの後ろに仕込むスピーカシステムは、幕にできるだけ接近させると音質の変化を最小限にすることができる。埋め込み型スピーカに関しても同様である。
つまり、埋め込み型のスピーカシステムは囲んでいる壁を吸音し、前面のサランネットや桟にできるだけ接近させれば、そのスピ一カシステムの持つ特色を十分に発揮させることができる。
この実験は、吸音を施した囲いの中にスピーカシステムを設置し、その前面に薄手のサランネッ卜、厚手のサランネット、開口率50%の桟、そして開口率30%の桟を付けた場合の伝送周波特性とRASTI値を測定した。
また、ホリゾント幕の後ろにスピーカシステムを設置し、幕との距離を変化させて伝送周波数特性とRASTI値を測定した。

《測定結果》

サランネットが薄手のときは、伝送周波数特性、RASTI値ともにスピーカの前面に何もない状態とほとんど変化のないことがわかる。しかし、サランネットが厚手のものになると、周波数特性の変化はないが、全体にレベルが低下する。これにともないRASTI値も0.75と低下する。
開口率50%の桟の場合は、4kHz以上の高音域でレベルの低下があるが、この変化がRASTI値の対象としている音声帯域周波数(500Hz、2kHz)よりも上であることから、RASTI値は10.82とスピ一力の前面に何もない場合と同じ状態である。
桟の開口率が30%のときは1kHz以上でレベルの低下があり、このため2kHzのRASTI値は0.75と低くなっている。
ホリゾント幕の後方にスピーカシステムを設置した場合の伝送周波数特性は、近接、間隔1m、間隔2mともに、500Hzでは前面に何もない状態に比べてレベルの低下が5dB程度であるが、これが2kHzでは約15dB低下している。また、明瞭度 も著しく低下しているが、ホリゾント幕との間隔の違いによる測定値には著しい変化はみられず、実際に音楽を再生して聞いてみると、接近させた方が音質の変化は少ないことが顕著に感じられた。■


▲図13

▲図14

▲図15

▲図16

(注)RASTI

従来,明瞭度は意味をもたない音節を読み上げて、そのうち正しく聞き取れた場合をもってその指
標としてきた。しかし、この明瞭度試験では音節が単音節であるため、残響の多い空間でも高い正答率が得られてしまい、参考にならなかった。このため、音声を摸した100%振幅変調波を用いて明瞭度を計測器によって評価する手法が開発された。
この測定によって得られる尺度をSTI  (Speech  Transmission  Index)  といい、この簡易測定法をユニット化したB & K社の測定器によって得られる値を特にRASTI(Rapid  STI)と呼ぶ。