日本の伝統芸能と音響デザイン

八板 賢二郎

(日本芸術文化振興会/1級音響技術者)


1.伝統芸能

日本の音楽のことを「邦楽」と呼んでいる場合、これは欧米からの輸入音楽「洋楽」に対する呼び方である。狭義には日本の伝統芸能の中から雅楽(ががく)と能楽(のうがく)、民族音楽を除いた音楽を邦楽と呼ぶ。

その場合、三味線・筝・尺八・琵琶の音楽のことになるが、三味線音楽は文楽・歌舞伎・民族芸能で使用され育ったものが多く、その中で演奏される囃子は能楽が元になっている。

雅楽は、宮中や神社の儀式で演奏され、庶民的な音楽ではない。雅楽は、演奏だけの「管絃(かんげん)」と舞が伴う「舞楽(ぶがく)」とがあり、管絃には笙(しょう)・篳篥など管楽器と楽琵琶・楽箏という弦楽器が使用されるが、舞楽では弦楽器を使用しない。

雅楽以外の邦楽や舞踊は、あらすじがあって、観客も喜怒哀楽を感じて感情移入をして観ているが、雅楽は人間の感情が介在しないように作られている。

能楽は喜怒哀楽の感情を表しているが、非常に控え目である。それに対して、歌舞伎や文楽では、感情を露骨に表現しているものが多い。三味線音楽や筝曲は、雅楽や能楽に比べて、音階や旋律が複雑多様にできている。
雅楽で使用している弦楽器は、補助的にリズム楽器として使われていて、管楽器が主旋律を担当している。能楽では弦楽器を使用しなで、太鼓・大鼓・小鼓・笛(四拍子という)、それに8人の地謡(じうたい)というコーラス隊がいる。歌舞伎の囃子は、能の四拍子を基本に大太鼓やドラ、釣鐘などの打楽器を多く取り入れて、効果音楽として用いられている

人形浄瑠璃とも呼ばれる文楽は、三味線の伴奏での物語を語る義太夫節(浄瑠璃)に合わせて、人形を動かすもので、1つの人形を3人で操作する。人形劇の魅力は、役柄と人形が完全に一致することである。

歌舞伎には長唄、常磐津節、清元節、義太夫節(竹本とも呼ばれる)が使われる。

日本舞踊は、江戸時代以降の歌舞伎舞踊と、そこから派生した新作舞踊、歌舞伎舞踊とは異なった芸脈の京阪(京都と大阪)の座敷舞(上方舞)などがある。座敷舞は能・狂言から移入した作品、艶物(つやもの)と呼ばれる女性の美しさを表現したもの、おどけた内容の作物(さくもの)という作品がある。歌舞伎舞踊では、主に長唄・常磐津節・清元節が使用され、座敷舞では地歌(じうた)を使用する。

民俗芸能は、かつての日本の民衆が、それぞれの生活の中で育み演じてきた、作業歌・神楽・盆踊り・獅子舞などの素人が演じる芸能である。

 

2.邦楽の種目

雅楽は、現存する日本の音楽の中で、最も古いものといわれている。雅楽は古代朝鮮、古代中国などから輸入したもので、それから千年以上もの間に日本の音楽に改良されたのである。このように、日本人は音楽だけでなく、美術、学問から経済に至るまで、あらゆる外来の文化を取り入れて、自分たちに合うように改造してきた。

邦楽は雅楽以降、何十種類も生まれ、そして滅び、現存しているのは20種目余りである。それらを声楽と器楽に大別し、さらに声楽を「歌い物」と「語り物」に分けると次のようになる。

◎声楽
歌い物:端唄・民謡・地歌・筝曲・小唄・うた沢・長唄・荻江・大和楽

語り物:義太夫節・一中節・常磐津節・新内節・富本節・清元節・東明節・河東節・能の謡曲・薩摩琵琶・筑前琵琶・浪曲(浪花節)

◎器楽
雅楽の管弦・筝曲の段物・尺八楽

このように、声楽と器楽に大別してみると、声楽が圧倒的に多い。
[歌い物]は、西洋の歌曲に近いもので、歌と楽器との関係は楽器が主になる。
[語り物]は、言葉が主で、楽器は従であって朗読に近いものである。しかし、歌い物と語り物との関係は明確でなく、語り物の中にも歌い物的な部分が含まれていることもあるし、長唄は歌い物と語り物の中間で両方の要素を持っている。

義太夫節・一中節・常磐津節・新内節・富本節・清元節のことを浄瑠璃というが、その中で最も語り物としての要素が強いのは義太夫節で、最も歌い物的なのは清元節である。文楽の三味線の名人六世鶴澤寛治師匠は、「三味線弾きは太夫の女房役、太夫が転びそうになったらば先に転んで自分の体に太夫を乗せてやる、そうすれば太夫の方が先に立ち直れる」(歌舞伎漫筆・山川静夫著・岩波書店)と言っている。これが語り物の三味線の役目なのである。

歌い物と語り物の関係は、SR、録音のときの歌と楽器のバランスを決めるときの目安になるので、音響家は覚えておきたい知識である。

現在の日本舞踊は、義太夫節・常磐津節・清元節・地歌・長唄・荻江・大和楽などの曲が多く、演奏会では長唄・新内節・小唄・筝曲・謡曲・琵琶が多い。

 

3.邦楽と電気音響

伝統芸能は、電気音響の無い時代に生まれ育っている。そのため、SRの力を借りないで、しっかりと観客の耳に届くように作られている。歌と楽器のバランスもとれている。しかし、邦楽の中には、劇場で上演するために育った劇場音楽と、お座敷の芸として育った非劇場音楽があり、演奏の方法も歌い方も異なっている。

劇場音楽は、義太夫節・常磐津節・清元節・長唄などであるが、これらは大劇場でも十分にバランスよく聞こえるようになっている。

非劇場音楽は地歌や筝曲、小唄などで、これを大きな劇場で演奏するには不向きである。それを承知で上演するなら、SRの力を借りなければならない。

台詞や歌が聞こえるかどうかというのは、音量だけの問題ではない。大きな声の人でも内容が伝わってこないこともあるし、小さな声の人でも良く伝わってくることがある。心がこもっている台詞は非常に聞き取りやすいし、心のない台詞をSRすると、ただ騒々しくなるだけである。名人は気張らず、それでいて観客の心に強く訴えてくるものを持っている。

文楽の人間国宝・故竹本越路太夫さんの録音をしていて感じたことがある。

初めから終わりまで一定のレベルなのに、そこに起伏、強弱、遠近が出ていて、そして声の響きが心地よい。地歌の竹内駒香さんも、小さな声で歌うが、言葉が明瞭に聞こえる演奏家である。

邦楽は、SRを使用せずに生で聞かせるのが基本であるが、劇場の建築音響特性、騒音、舞台装置による音響条件でSRを必要とすることがある。また、演奏家がご老体ゆえにSRを必要とすることもある。そのとき、その芸能がどういうものであるかをしっかりと把握して、その本質を壊さないように注意しながら、必要な個所を必要最低限、補強すべきである。

そのためには、普段から十分に生の演奏を聴いて、本物の音を体に染み込ませてから取り掛からないと、大きな間違いをおかすことがある。

邦楽には、音響的に巧く工夫されている点がたくさんある。邦楽は通常、山台という演奏台に乗って演奏するが、その後ろに屏風(びょうぶ)を置くと、これが拡散型の反射板になって、演奏者は演奏しやすくなり、客席で聞く音も良くなる。日本舞踊では、舞台の上手と下手に「囲い」というパネルを「ハ」の字に置き、その前に山台を設置するので、これが反射板となって、演奏者も観客席も聞きやすくなる。演奏者が多く、山台が「囲い」からはみ出すと、はみ出した歌い手の声は貧弱になるので、「囲い(かこい)」の効果が分かる。

以上のように、電気の力がなくても成り立つようになっているのが邦楽であるが、屏風や囲いを使わないときは、演奏者から演奏しにくいという不満が出ることが多く、モニターを要求されることもある。

 

4.邦楽の種目と音響

一般的な邦楽の特徴と音響の考え方を次に述べる。

4-1 長唄
長唄とは17世紀の末に、江戸に生まれた歌舞伎音楽で、歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発達した。淡泊で歯切れの良く、速いテンポの演奏が特色である。

三味線は、細棹(ほそざお)という一番小さくて軽いものを使用して、特に注目されるのは右手に持つバチの技巧である。

演奏家の芸名の姓は、杵屋・稀音家・松島・柏・吉住・芳村・松永・富士田・和歌山・岡安などがあり、吉住・芳村・富士田・和歌山・松島は唄が専門で、稀音家・岡安は三味線が専門である。現在では、この他に東京芸術大学出身の東音会(とうおんかい)という流派があり、演奏者氏名の前に東音と表示している。
長唄は、一般的にお囃子(囃子方)が助奏するので、演奏の規模が大きく、賑やかで、派手である。

囃子方は、能のように完全に分業でなく、太鼓と大鼓、小鼓は掛け持ちする。笛だけは専門である。囃子方の芸名は、望月・田中・福原・梅屋・堅田・住田がある。歌舞伎の効果音楽である下座音楽の唄と三味線は、長唄の担当である。舞踊の伴奏の場合は、上手の前方に山台が設置される。歌舞伎舞踊では、箏が加わることもあり、舞台の袖で演奏する陰演奏と山台の前で演奏する場合がある。

演奏者数は、三味線と唄がそれぞれ4人というのが定番である。これを4挺4枚と呼んでいる。挺(ちょぅ)は「丁」を代用することが多い。

演奏者が乗る台は山台といって、通常は山台の上に唄と三味線が座り、山台の前に囃子方が並ぶ。囃子方は舞台には登場しないで、下手袖の下座の中で演奏することもある。これを陰囃子という。唄だけが「見台(けんだい)」という譜面台を使用する。

並び順は図のとおりであるが、唄と三味線の内側の人物が首席奏者で、首席奏者のことを「立(たて)」といい、立三味線(略してタテジャミ)、立唄と呼んでいる。指揮者がいないので、立三味線の掛け声で指揮をする。したがって立三味線の掛け声は重要で、数十人で演奏するときは、立三味線の掛け声だけをステージモニターに出すことがある。唄・三味線の端にいる演奏家を「止め」とも呼ぶ。

▲長唄のマイキング例

唄い手の止めに巻軸(かんじく)と呼ばれる立唄と同格の人が座ることがある。巻軸は、立と同格なので脇に据えにくいための手段である。三味線の止めが上調子(うわぢょうし)を担当することがある。上調子は普通の調律より高く調律した演奏である。

長唄は、元々、劇場で演奏するための音楽であるから、SRしないのが原則である。歌い手が女性の時や観客席が広い場合だけSR するが、そのときも唄だけで十分である。

唄のマイクは、できるだけ小型で見えないほうがよい。私たちはプリモのPC-30を唄の定番としている。

▲PC-30の設置例

マイクは、5丁5枚などのように演奏者の間隔が詰まっているときは、二人に一本の割合でセットすると被りの影響が少ない。

録音のときは三味線と笛にマイクをセットするが、太鼓や大鼓、小鼓は唄や三味線のマイクへの被りと、舞台端または吊りマイクで拾った音をミックスすれば十分で、このほうが自然な音になる。

三味線はBLMなどを使用することも多いが、SONYのECM55(無指向性のピンマイク)は長唄や地歌の三味線と箏に好適である。のように、毛氈の色に合ったスポンジを△形に切り、切り込みを入れて、そこにケーブルを挟んで固定して使用する。私たちは、このマイク固定具を私たちは「枕」と呼んでいる。

マイクは、演奏者の左ひざの前方70cm〜100cmの距離の位置にセットすると良い音色になる。

▲ピンマイクの設置方法

 

4-2 地歌(じうた)/筝曲(そうきょく)/三曲(さんきょく)

地歌とは、上方唄の別名で、江戸時代に京都や大阪で流行ったもので、地唄と書くこともある。

主として「お座敷音楽」として発達し、唄いながら三味線を弾く「弾き唄い」を原則としている。箏や胡弓が加って演奏することがある。なお、地唄・筝曲・三曲では、三味線を三絃と呼んでいる。

三絃の技巧は繊細で、左指を使って弦を複雑に奏でるのが特色で、長唄より少し大きい中棹(ちゅうざお)を使用している。

筝曲(そうきょく)は、箏の器楽曲と箏を伴奏とする声楽曲のことをいう。流派は、生田流と山田流に大別される。現在では、三絃や尺八が加わる曲でも筝曲と呼ぶことが多くなった。筝曲の演奏者は、三絃も演奏する。箏の数は、「面(めん)」で数える。

三曲は、箏・三絃・尺八の合奏をいうが、尺八の代わりに胡弓が加わることがある。

地歌は、大劇場での演奏の場合にSRが必要である。500席程度の小劇場では必要ないという演奏家もいるし、生でやってくれという舞踊家もいる。

地歌・筝曲・三曲のほとんどは弾き唄いで、唄と三絃の音量バランスが良いので、唄のマイクだけ立てて、三絃は被り音で十分である。
サンケンのCOS-11(無指向性のピンマイク)を着物の襟に付けて収音することが多い。この場合、唄がON過ぎてしまうことがあるので、そのときはマイク位置を少し下げるなどしてバランスをとる。また、ピンマイクは内側の襦袢(じゅばん)の襟に付けて見えないように隠す。このようにしても無指向性であるから音質にさほど影響しない。なお、着物に ピンマイクを装着するときは、着物を汚さないように手をキレイに洗ってから、クリップで傷を付けないように注意する。録音のときは、左膝の前方にBLMなどを置いて、音色とバランスを補整する。

筝曲、三曲の場合も、全体の音量バランスは良いのが、ときに尺八の音が唄を邪魔していることがあるので唄だけをSRすることがある。第一線で活躍している演奏家たちは、小劇場ではSRを希望しないことが一般的で、高齢で声量が衰えた演奏家の場合はSRすることがある。箏と三絃の演奏家の弾き唄いが多い。

広い会場では、箏と三絃のSRも必要になるが、三絃は左の膝の前方に、箏は次の写真のポイントにBLMやピンマイクを設置すると音色が良い。箏の裏面の穴の下にマイクを突っ込む方法は、歌謡曲や現代音楽などで周囲の楽器音が大きいときに、音色は無視して、とにかく大音量でSRするときの方法である。

▲箏にピンマイクを使用するときの設置例

 

4-3 小唄(こうた)

浄瑠璃や長唄、民謡でもない、宴席で唄われていた短編の歌曲を端唄という。この端唄を清元の人たちが洗練させたのが「小唄」である。
小唄は三味線がリードして、三味線の間に唄をはめ込むようにする。
三味線は細棹を使用し、「つま弾き」といって、バチを使用しないで指で直に演奏する。

演奏者数は、一人で弾き唄い、または1丁1枚、2丁1枚である。三味線が二人の場合、二人目は「替手(かえで)」と呼ばれ、別の旋律を演奏する。通常、三味線または、その演奏者を「糸(いと)」と呼んでいる。

あまり大きな劇場では演奏しないが、小さな劇場の演奏でもSRは必要である。お座敷の雰囲気をだして、生の三味線の音を基準として、しっとりした音に仕上げる。

 

4-4 常磐津節

豊後節(ぶんごぶし)というのが上方(関西)から江戸に進出し、あまりに流行して風俗上の理由で弾圧されたので、常磐津文字太夫が看板を塗り替えて始めたという歴史がある。

常磐津節は、歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発達したので、リズムやテンポが規則正しく、踊りやすい曲が多く、重厚で、のびのびとしたところが特色である。

三味線は中棹を使用するが、同じ中棹の清元よりも重厚である。

編成は、2丁3枚が標準であるが、現在は劇場が大きくなったので3丁4枚が一般的である。

囃子を使用することもあるが、下座の中で演奏する陰囃子のことが多い。

芸名は、常磐津と岸澤があるが、岸澤のほとんどは三味線演奏者である。
劇場用の伴奏音楽として発達したものなので、通常は大劇場でもSRを必要としない。

 

4-5 清元節

清元節は、常磐津節と同じく豊後節の一流派であり、清元延寿太夫によって樹立された。

常磐津節と同様に歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発達した。浄瑠璃最後の流派なので、新しさがある。

編成は、2丁3枚が標準であるが、現在は3丁4枚で演奏することが多い。
三味線は、常磐津節より少し細い中棹が使われ、柔らかい音が出る。上調子は控え目に演奏される。清元の演奏者は、すべて清元の姓を名乗っている。
常磐津節と同様、通常はSRをしない。

 

4-6 新内節

新内節は、鶴賀新内が語った浄瑠璃の流派のことである。「流し」という街頭芸能であったものを、明治時代に七世富士松加賀太夫が品位を高めて現在のようにした。

三味線は中棹を使用する。前弾きや流しという独特の演奏が、情緒をつくりだしている。

新内節の芸名の姓は、鶴賀・富士松・新内・岡本がある。
通常はSRをしないが、一部の流派では歌謡曲のごとくSRを求めてくる。

 

4-7 荻江節

荻江露友によって、長唄からわかれたて独立した種目である。
露友は長唄の立唄で活躍していたが、声量が小さく、繊細な芸風が劇場向きでなかったため、劇場から引退して遊廓で長唄をお座敷風に唄い始めて流行させたのが、荻江節の始まりである。荻江節は、長唄が派手なのに対して、唄が主で合方も囃子も入らず、上調子は活躍しないので地味な音楽である。舞踊の伴奏音楽として用いられている。
長唄より声量が低いので、小劇場でもわずかにSRする必要がある。

 

4-8 大和楽

昭和7年(1962)に創始された、新様式の三味線音楽である。唄は女性で、洋楽を参考にしていて、邦楽では珍しいハーモニーを伴う部分がある。
編成は4丁4枚、大劇場では5丁5枚が一般的である。囃子は陰で演奏される。

舞踊の伴奏音楽として用いられ、柔らかく唄うので、小劇場でも唄のSRは必要である。

幕が開く前から三味線の演奏が始まる曲が多いので、そのときは前弾き(前奏)をSRし、幕が上がるのに合わせてSRをフェードアウトする。

 

5.あとがき

伝統芸能の音響デザイナーの仕事は、SRで伝統の音を破壊しないように監視することでもある。そのためには、その芸能の本質を見分けることが大切である。