インタビュー 邦楽の囃子方と音響の関わり方

四世 梅屋福太郎

(歌舞伎囃子方)


Q:まず、囃子方という職業についての質問なんですが、いわゆる四拍子(しびょうし=笛、小鼓、大皷、太鼓の総称)全部を習得されているのですか。

梅屋:修業のときに、笛以外は一通り習います。昔は、笛も吹けて四拍子という一つの職業だったのですが、明治以降に分業が確立して、笛は別の職業になりました。うちの流儀なども元々は笛を中心としたものでした。しかし分業したといっても、僕たちはそれ以外の桶胴や本釣鐘といった音の出るものすべてを担当していて、「鳴物」と総称されたりしているわけです。

Q:小鼓の場合、自分の耳元で一番大きな音を聞いていることになるのですが、演奏していて自分で聞こえる音と第三者が聞く音とでは、質的に違っていると思いますか。

梅屋:違うと思います。

Q:その辺りでのトラブルというか、行き違いのようなものはありますか。

梅屋:行き違いというよりは、演奏者の好みでそういう演奏になっているのだろうと解釈することになります。それが属に言う「良い音」か「悪い音」かということについては(他の演奏者は)言えないわけです。

Q:自分の耳元で鳴っている音と録音された音とも違って聞こえますか。

梅屋:違っています。というより「良くなっている」と思います。録音作品の質について言えば、演奏者の技術以上に持っている胴(楽器)と録音エンジニアに拠っている部分が大きいと思います。録音される側の意識としては声と同じで、自分で出している音と録音されているものとは違って聞こえるけれど、経験を重ねていくことで「自分で今演奏しながら聞こえている音は、おそらく第三者にはこのように聞こえているのだろう」と予測できるようになります。もっとも、そのために必要とされる経験の量には個人差がありますけれど。

Q:笛の方達は骨伝導で自身に聞こえている量が多いから、もっと大変でしょうね。

梅屋:そうでしょうね。あと、これは先輩達から聞いた話ですけれど、年をとるにつれて自分で聞く音と第三者が聞く音のピッチに差が生じてくるということがあるそうです。高く感じてくる人と低く感じてくる人とがいるそうですが。

Q:ジャズの場合(日本の場合)ですと、先ほどお伺いした(自身に聞こえる音と録音されたものとの)違いで演奏家と音響家との間にトラブルが生じたりするのですが、邦楽の場合はどうですか。

梅屋:囃子方の場合はあまりないと思います。笛方の事情はわかりませんけど。

Q:レコーディングスタジオの場合とホールとで、演奏する際に意識的に変えていることはありますか。

梅屋:スタジオの中では必要以上に強く打たない、ということを意識しています。ホールでは伝わる「強・弱」という迫力の違いが、録音されたものでは「大・小」という音量の違いでしか表現されないと理解しているからです。ですから(プロデューサーから)「もっとワンと響く音にして欲しい」と要求されたら、エンジニアにそうしてもらえばいいと考えています。

Q:太鼓の場合、私も気をつけているけれど、置く場所によって音がかなり変わりますよね。私は録音のときには太鼓の下に反射板を敷きますが、舞台で演奏のときは必ず所作台の上に置いていますね。

梅屋:なるべくね。毛氈(もうせん)は吸音するので、その上に置くと音がおかしくなります。

Q:演奏の際に、リードする楽器はなんでしょう。

梅屋:通常は立て三味線だと思います。大抵、立て三味線が掛け声をすることになっています。そうでないときは、曲の流れの中で各々がタイミングを「感じ取る」、いわゆるキャリアを要する方法をとります。そのどちらでもなく「こう思う」というやり方をとるとうまくいきません。

Q:舞台の端の方で演奏しているというのは、音量バランスとしては良くないんでしょうね。

梅屋:それもありますし、6間(約10m)や8間(約15m)も離れて演奏しているとタイミングは完全に「ブレ」てしまいます。遠くにいる奏者の手の動きを常に見て演奏しているというわけではないですから。プロの演奏者は距離を意識して「先打ち」演奏することで客席に同じタイミングで音が届くことを想定してやってはいますが、その辺りのブレを観客がどのくらい緩和して聞いて下さるかというところです。

Q:「良い」バランスで聞けたらとは思いますか。

梅屋:最近はモニタスピーカの性能が良くなってきたおかげで、「先打ち」をしなくても良くなりました。

Q:とは 言え、古典作品の場合は視覚的な制約から、すべての楽器にマイクを立てるわけにはいきませんよね。

梅屋:そうですね。しかし立三味線(主席奏者)がモニタされれば十分です。僕らはそれを頼りに演奏しているんです。

Q:私たちの感覚でいうと、すべての音をモニタスピーカに送りたくなるのですが。

梅屋:僕ら演奏者は、音量バランスの良い音が欲しいのではなく、確実に必要な一つの(ガイド)音が欲しいのです。

Q:確かに「立三味線の音を聞かせて欲しい」という注文は多いですね。

梅屋:邦楽の場合、唄は楽器と発音のタイミングを意図的にずらすことも良しとされていますから、唄があまりに大きくモニタされると演奏が揃いづらくなるんです。

Q:おさらい会なんかでは、昔は演奏家がワイヤレスマイクを持ち込んで、立三味線の前に立てて、それをラジカセで受信してモニタスピーカ代わりにしたりしましたよね。今では、イヤホン式小型受信機で受信してモニタしていますけど。

梅屋:僕はやっていませんけどね。古い人間なのかも知れないけれど、「感じる」ものが欲しいですね。ブレるのは嫌だからモニタスピーカは欲しいけれど、基本的に耳と目がオープンになっていて、「感じる」ことができないと不安になります。

Q:すると、全体の「雰囲気プラス立三味線の音」がクリアになった状態というのがあなたにとってのベストなわけですね。

梅屋:そうです。若い人たちはイヤホンでも抵抗なくやっていますけど。

Q:私が見ていると、若い人ほどモニタを欲しがります。ベテランになるにつれてモニター音が小さくなっていますね。

梅屋:ベテランになると、ばちを見たり、「息合」を見たりで演奏していますから。

Q:気配で。

梅屋:そう。ブレることへの怖さが無くなってきます。若い人のやっているのは「(西洋)音楽」なんですよ。一定の間隔で拍を刻めていないと音楽じゃないと思っているのでしょうか。

Q:「間違っていないけど、面白くない演奏」ということですね。

梅屋:でも、ある年齢を過ぎるとそれだけでなくなってきます。楽曲だけでない、視覚的なものも含めた舞台全体に対しての演奏というものができるようになってきます。他の演奏者の「息」を汲み取り、そして自分がその空間に入り込み、自分の出す息と相手の出す息の合ったときが、ベストの演奏だったということになるんだと思います。それは自分一人で成せることではないし、死ぬまでにその機会が何度あるかわからないけど、一回でも二回でもできたら良いなあと
考えています。

Q:それが「芸を究めていく」ということですね。

梅屋:そういうことだと思います。

Q:最後に、音響家に対して何かおっしゃりたいことがあれば、是非この機会にお願いします。

梅屋:皆さんよくやってくれていますよ。ただ、まだ邦楽のことを理解してくれていない音響家に遭遇することも事実です。カラオケ感覚なんでしょうか、唄を中心にモニタされてしまって、三味線を聞かせてくれとお願いすると、「バランスが悪くなる」と言われてしまって。まあ、どこの国のバランスのことを言っているのか分かりませんけどね。(笑)

Q:今日はどうもありがとうございました。

梅屋:いえいえ。


(2001年1月4日取材/インタビュー:八板賢二郎 文責:清水御幸)