3大テノール・ニューイヤーコンサートの収録

川島 修

(株式会社エフエム東京)


1. はじめに

1999年1月9日(土)、 ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティによる「3大テノール ニューイヤーコンサート」が東京ドームで行われた。

この「3大テノールコンサート」は、ワールドカップ決勝戦の前夜祭イベントとして、1990年のローマ大会からはじまったもので、東京では1996年6月、国立霞ヶ丘競技場で行われて以来、2度目の公演である。

私どもTOKYO FMでは、この「3大テノール ニューイヤーコンサート」を開局30周年記念事業の第1段として捉え、これを収録し、1999年1月24日「サンデースペシャル」でオンエアした。同時に、TFMグループの衛星ラジオ放送MUSIC BIRDで1月31日(日)にオンエアした。また、東京メトロポリタンTVは、1月30日(土)にオンエアしたが、このTVプログラムの音声もTOKYO FMが担当した。

指揮はジェームス・レバイン、オーケストラは、ブタペスト・コンサート・オーケストラ、プロデューサーはティボ・ルーダスが担当した。

 

2. 収録システムの検討

収録は、1日限りの失敗が許されないビッグイベントの収録ということもあり、48chのマルチトラックレコーディングをおこなった。

あの巨大な東京ドームにおけるクラッシック録音! ということで、収録システムを検討する上での課題は多かった。

ステージ上のマイクプランは、56回線のインプットのうち、Electric Bass、Electric Guitarのみがラインで、その他はすべてSHOPS MK-4またはMK-21が使用された。このマイクロホンは、この3大テノールコンサートのために製造されたマイクロホンで、前回の東京公演でも使用されていたものである。すべてのマイクロホンがSHOPS MKシリーズなので、見た目も統一された感じがし、非常にすっきりした印象だった。そういえば、収録の打ち合わせが始まった当初から、録音用のマイクロホンはPA用以外にはセットしてはいけない、と強くプロダクションスタッフから言われていたのだが、それもこのマイクプランを見て納得できた。

問題は、これらすべてのインプットを場外の中継車まで引き回すということであるが、まともに引き回したら何百メートルものマルチケーブルを経由することになる。ロックやポップスの収録であればまだしも、クラッシックのマイクレベルをこれだけの距離引き回すことは非常に難しいだろう。ダメモトで録音中継車をグランド内ステージ裏に駐車したいとプロダクションスタッフ側に頼み込んだのだが、帰ってきた答えは「NO!」。

そこで、すべてのインプット回線をステージ脇でラインレベルに変換して中継車まで伝送する作戦に切り替えた。東京ドーム内のマルチ回線は日本テレビさんの設備を借用させていただいた。

各インプットをステージ下のスプリッタで分岐してもらい、これをステージ脇の「HA部屋」まで伝送する。「HA部屋」の機器構成を説明すると、3大テノールのヴォーカル回線は、Foucuslite のリモートHAを使用した。

また弦楽器はステージ脇でプリミックスしグループアウトを中継車に伝送した。これは、ステージ〜中継車間の伝送回線を減らすことにより、比較的伝送距離の短いマルチ回線のみを使用するためであった。

ヴォーカル、弦楽器以外のマイクロホン回線については、STUDER 962のHAでラインレベルに変換した後、962のインサーションアウトから各信号を出力した。また、前回のパリ公演では、3人のヴォーカルマイクがそれぞれ2本ずつセットされていたので、そのようにチャンネルプランを立てていたが、今回はそれぞれ1本しかセットしなく、万が一の場合においては、共通のスペアマイクを使用することとなった。これは、3人にそれぞれ2本のマイクセッティングを施そうとした場合、3人が譜面台(実際はテロッパー)を充分見ることができるようクリアランスを確保することが難しかったためであるらしい。ヴォーカルの予備トラックを確保しておいたので、それぞれのマイクロフォンを頭分けし、以降デュアルでトラックを使用し、これをバックアップとした。

 

3. オーディエンスマイク

オーディエンスマイクは、会場の音場感を出すためというよりは、観客の歓声を収音することをメインに考えセットした。

ステージ前にC−451EBを4本、ステージ両サイドのイントレ最上部にKM−84iとMKH−416、2階スタンド席のホームランカメラ席に、U−87Aiをそれぞれセットしこれらも出先でHAによりラインレベルに変換して録音中継車に伝送した。

 

4. 音響システム

クラッシックとはいえ、東京ドームの観衆に演奏を届けるには、いくらパヴァロッティでも地声では無理。当然PAシステムが必要になるわけであるが、今回の音響システムは、さまざまな工夫がなされていた。

コンサートの前告知では、「東京ドームをオペラハウスに変身させる!」と謳っていたが、音響監督のコメントによると、東京ドームは今まで行った場所の中でも、音響面で最も難しい場所の一つであるようだ。

音響対策として、聴衆やスタッフの注目を集めたものが「暗幕」だった。観客席内に、広範囲に暗幕がセットされ、残響音を吸収させた。これらの暗幕はシミズ舞台により国内で手配されたものであったが、この暗幕設置費用だけで ・・ン千万円というスケールの大きいものであった。よくぞこれだけの暗幕をかき集めたものだ。効果の程はというと、音響担当者の弁によれば、東京ドーム特有の2度目の反響音が、すべての周波数においてほぼ完全に吸収できていたとのことであった。

もう一つ我々の目を引いたのは、ステージの両サイドにセットされたパラボラ型のスピーカ「メイヤー SB−1」だった。今回のコンサートで音響チームは、できるだけすべての聴衆にドームの反響音ではなく、スピーカからの直接音を聴かせる、ということを目指した。それにしても、普通のスピーカでそれを実現するのは難しい。そこで、この超指向性をもったビームスピーカの登場となったわけである。この「メイヤー SB−1」は、主に3階席の聴衆を狙っての設置であった。「メイヤー SB−1」は、水平、垂直それぞれ8度の指向性を持ったパラボリック方式のスピーカで、もともと東京ドームでの音響対策を考えて開発されたものであるらしい。

 

5. 仕込み

我々録音スタッフは、本番の2日前から会場入りしセッティングを行ったが、舞台製作チームはその1日前から現場入りしていた。舞台製作監督のインタビューを見ると、通常は舞台製作に1週間から10日ほど要するらしいが、今回は2日で製作を完了させなければならず、このため、製作チームを2グループ編成し、日中/夜間をそれぞれ担当させることにより、2日しかない製作期間を4日に変えるマジックを行う!といっていた。この二毛作のような状況で製作された舞台セットは、近年の不況下において、大掛かりな舞台セットがあまりみられなくなっていたが、なるほど、ビッグイベントにふさわしいスケールの大きいものであった。セットの意匠は、意外にも日本の神社などをイメージした和風のものであり、ステージ後方の壁は障子がデザインされていた。(私的な意見であるが、この意匠は、和風というより少し韓国や中国が入っているなあ、と感じたが、欧米人の日本イメージなんて、そんなものなのだろう。)

私は会場に入ると早速、PA担当のJohn Pellowe氏と打ち合わせを行った。

Pellowe氏は、前回の東京公演でもPAを担当した人物であり、既に発売されているパリ公演のCDにおけるレコーディングエンジニアでもある。

Pellowe氏は、レコーディングにおける注意点、EQ、PAN、エフェクトなどに関して、懇切丁寧なアドバイスをして頂いた。ステージ上のマイクロホンのセッティングなどに関しても詳しく教えてくれた。一般的によく言われることであるが、ヨーロッパの一流エンジニアは、やはりベリー ベリー ジェントルマンであった。(とは書いてみたが、決して国内のエンジニアが野蛮だとか、恐い人が多い、という意味ではない、念のため)

Pellowe氏から伝授した録音における注意点の中で、最も我々を悩ましたのは、カレーラス、ドミンゴ、パヴァロッティのモニタースピーカーがベリー ベリー ラウド!(うるさい)というのである。確かに、前日のモニターチェックの様子をステージ上で聴いていたが、本当にロックコンサート並みにラウド!であった。モニタースピーカの位置は3人のテノールにそれぞれ1台ずつ設置されている。3大テノールのツアーを始めた当初は、パヴァロッティ用のモニターは指揮者の方に向いていたそうなのだが、あまりにレベルが大きいために指揮者のジェームス・レバインがうるさくてしょうがない、ということで指揮者の方を向かないようにしたことからも、モニター出力の大きさが伺える。これでは、モニタースピーカ近くのマイクロホンにモニターが、かなりかぶることになりそうである。

 

6. 本番当日〜トラックダウン

超大物のコンサートだけあって、警備も超一流であった! 本番前、私は東京ドーム内のさまざまな場所に足を運んだが、至る所にガードマンが立っており、立ち入り禁止を宣告された。おまけに東京ドームの舞台裏は広い! このためしょっちゅう、道に迷うことになりその都度ガードマンのひんしゅくをかうことになる。カレーラス、ドミンゴ、パヴァロッティそしてレヴァインの控え室は、グランド内のステージセットの中に作られた。すなわち、ステージの裏にはホテルのスイートルームのような部屋が用意されていたのだった。

このような事情もあり、本番中は日本サイドの音響、録音スタッフは何人たりともステージエリアには入れないこととなっていた。ステージエリアはまさに治外法権状態である。

17時半の会場を待たずして、続々と観客が東京ドームに集まってきた。通常のドームでのコンサートとは違い、かなりの人々がダークスーツに身を固め、またはドレスアップを決めている。午後7時を廻ったとき、この一種独特な雰囲気の巨大なオペラハウスにあの3人が現れた。

コンサート開始当初、3人のヴォーカルマイクの「吹き」が気になった。そういえば、Pellowe氏のアドバイスでも、ヴォーカルマイクの50Hz以下をカットすることを奨められていた。前半のステージが終わり、休憩時間にPellowe氏の元にその旨、対策をお願いしようと、PA席へと向かった。しかし、Pellowe氏はPA席にはおらず、治外法権のステージエリアで3人と打合せをしているらしい。これでは、Pellowe氏と打ち合わせることは困難である。仕方なく、PA席にいた他のエンジニアに相談したのだが、「我々は最高の風防を使用しているから問題ない筈だ!だから特に対策は必要ない。」と言い張られ、シブシブ中継車に戻った。

ところが、後半のステージが始まったら、あの「吹き」がずいぶん解消されているではないか! 想像するに、Pellowe氏も同様のことを感じており、休憩時間に3人にアドバイスをしてくれたのではないだろうか?

かくしてコンサートは終了した。トラックダウンは弊社のレコーディングスタジオに3348を持ち込み行った。オンエアまでの行程は、プロダクションスタッフからの無理難題もなく、スムーズに進行し、特別番組は無事オンエアされた。