インタビュー

「附け打ち」という職業

  

株式会社パシフィックアートセンター

劇場統括本部・附け打ちグループ グループリーダー

山崎 徹


バタバタバタ、パタパタ、バッタリ、パタリという音で芝居を分りやすく、そして面白く演出する歌舞伎の「附け(つけ)」は大事な効果音であって、その音を立てる職業は役者と一体となった演技者である。その仕事を職分としての確立に一役かった山崎徹さんにお話をうかがった。

Q 本協会編の「プロ音響データブック(リットーミュージック刊)」などの出版では、たいへんお世話になりました。

山崎 こちらこそお世話になりました。「音で観る歌舞伎(新評論刊)」では裏方も演技する歌舞伎として、附け打ちを取り上げてくださって、本当に感謝しております。

Q 歌舞伎とのお付合いのいつごろからですか。

山崎 初めて歌舞伎を見たのは・・・いつでしたか、19歳から香川県高松市で大道具の仕事をしていましたので、先輩や会社に方の付き添いで、御園座やら大阪の劇場へ連れられていきました。そして、20歳の時の上京し、21歳の時に「こんぴら歌舞伎」へ仕事で行ったのが歌舞伎と付き合いの始まりでしょうか。たしか、復活して第6回目の公演だったと思います。

Q 上京してからの運命でしたか。

山崎 上京して、世話になった方が歌舞伎の仕事も請け負っていましたので、その関連で歌舞伎の世界へ近づく一歩となりました。でも正直、はじめは歌舞伎への憧れというより、お芝居の世界で仕事をしてみたいと強く思って上京を決意したんですけど・・・。

Q 最初から附けをやられたのですか。

山崎 いいえ、こんぴら歌舞伎から帰ってきまして、歌舞伎座舞台へ1年ほど、大道具に従事しておりました。その間に本場の歌舞伎の世界の奥の深さを知り、ある決心をしました。しかしまだフリーランスの大道具でしたので、ちゃんとした会社に入らなければ大歌舞伎で附けは打てないと決まっていましたから、現在も同じですが、歌舞伎座舞台か、金井大道具か、PAC(株式会社パシフィックアートセンター)に入らないと打つ事が出来ませんでした。当時、歌舞伎座では4人の現役の附け打ちさんがいらして、さらに二人も希望者がいました。ですから、こんぴら歌舞伎のときに知り合った渡邊恒さんを頼って、P山崎Cの面接を受けたんです。そして、平成4年10月に正式入社しまして、新橋演舞場へ配属となりました。実際には、入社前から歌舞伎ワークショップ・レクチャー公演などで附け打ちを初めてはいました。

Q 附け打ちは大道具方の受け持ちとなっていましたが、現在は専門的になったようですね。

山崎 はい、附け打ちを目指そうとしたキッカケがそうでした。専門の部門として、職分を目指してきました。まだ完全ではないのですが、体制は整いつつあります。

Q 歌舞伎は視覚的なことに注目されがちですが、音も活躍しています。その一つが附けですよね。

山崎 附けは、役者の演技に直接付けるものと、鳴物や義太夫の音楽を受けて付けるものがあります。

Q その音が、さまざまな音を表現するのですから、よくできています。

山崎 欅の一枚の板に、白樫の木を水平に打ち付けるだけのものですが、音色は不思議で、独特なものです。附けは活き殺し(強めたり弱めたりのこと=活け殺しともいう)がすべてと云われています。強弱と間合いの違いで、人、動物、そして妖術や霊力を表現します。

Q 情景描写ではなく、音で役者を素敵に見せてしまうのですね。

山崎 そうなんです。歌舞伎音楽全体がそうなのですが、情景は、リアルな描写ではなくて、すべて擬音で構成されていいます。附けはその最たるものです。歌舞伎の様式美に添った打法で、演技を引き立たせるようにできているんです。

Q 素敵に見せるには、役者と一体となって演技をしなければならないですよね。

山崎 はい。役者さんがどうしたいかを見極めることなんです。我々だけのテクニックが出てしまっては、芝居が締まりませんので。

Q 床に置いた板を叩くだけで、重要な音になってしまう。

山崎 インパクトのある音ですから、間合いが大切です。

Q 台本を見ながらやっていたのでは、芝居にならない。

山崎 その通りです。台本には、細かい打ち方は一切書いていません。芝居に反応して、間合いや強弱を常に自分の習得した感覚から、発して打たなくてはいけません。台本に書き込むのは、その経緯です。この附けはどのようにできたか、役者さんの注文なのか、附け打ちの発想なのかなど・・・。

Q ずっと上手の端にいるわけではなく、良いタイミングで、観劇の邪魔をしないように登場して、音で芝居をする。そして退場するときも、とても良い間で引っ込む。

山崎 附け場(附け打ちが座る場所)の出入りは、附けを打つことと同じように重要なことと教えられます。俳優さんの演技の目線の先、つまり、お客さんの目線に入らないように、出入りをすることです。正座の姿勢、また出入りの際の座り方・立ち方など、舞台に姿が出ている以上は、当然大切なことです。

Q 先日、浅草の平成中村座を見せていただいたとき、菅原伝授手習鑑の寺子屋の場で、一発売って、良いまで立ち去る姿を見て感動しました。

山崎 一つの附けが打ち終わってもすぐに立ち上がってはいけません。例えば、義太夫狂言(義太夫で進行する演目)で、「物語」や「御注進」という、昔の回想場面や、戦乱の様子を知らせるシーンでは、その語りがすべて終わるまで、附け場に座っています。一つの世界の「夢」が崩れてしまうといいますか、現実的には途中で立ってしまいますと、お客様からこの先は、附けが無いんだ、もう山場は終わってしまったのかなどと思わせてしまいますし、緊張感を持続させるためにも動かない方が良いのです。

Q 同じ狂言(演目)でも、役者が違うと入れ方が異なるでしょう。

山崎 お家の型というのが基本ですが、現在は俳優さん個人の型というのもありますので、入れ方はさまざまです。

Q 多いのは、市川猿之助(澤瀉屋=おもだかや)さんですよね。

山崎 澤瀉屋の芝居創りは、3S(スピード・ストーリー・スペクタクル)ですから、そのすべてに欠かせない附けが多用されます。

Q 音質にも気配りをして、いい音を出そうと研究しているのでしょうね。

山崎 国内海外と劇場を回ってみて、附けの音の違いの5割は、劇場の地舞台と、客席の構造によるものだと気付いたんです。あとの半分は附け板の種類、厚さ、敷き布、敷き板などの材質を調整して、劇場の響きと合致する組み合わせを探していきます。組み合わせは無数です。また芝居の世界によって出したい音質もありますし、演出家や俳優さんからの要望もあります。これらを通常の一ヵ月公演ですと、約2日〜3日間の舞台稽古の間にやらなくてはいけません。

Q 道具の手入れも丁寧にやっていますよね。

山崎 道具は命です。板は、長野県駒ヶ根市の木工職人さんに一任しておりまして、常時20枚くらいのストックと保管していただいています。その方へは巡業の最中に、私が突然訪問をしてお願いをして、歌舞伎を見ていただきまして、納得していただいて・・・かれこれ10数年になります。本当に親身になって支えてくださっています。現在は、調整は個人と、浅草・宮本太鼓の職人さんに頼んで削りなおしてもらいます。保管は、湿気を避けるために、特注のジュラルミンケースに収納して保管、移動しています。

Q そして衣裳にも凝っていて、高価なものを着しているのですよね。

山崎 附け打ちの衣裳は、裁着け(たっつけ)袴と着流し、上衣が黒の着流しです。たっつけ袴は、仙台平(せんだいひら)の唐山縞と呼ばれる、縞模様が主流です。昔の芝居小屋の舞台番や舞台係の名残りが残っているものです。素材は化繊を使うこともありますが、ほとんどが正絹で、柄は附け打ちの各々の好みに合わせ仕立てられます。価格は、6万円〜8万円くらいです。

Q 山崎さんのフェースブックを拝見していると、フアンが大勢いらっしゃるようで、歌舞伎と観客とを結びつける役をしているようようですね。

山崎 2002年2月23日、附け打ち委員会のホームページを立ち上げた時、YahooやGoogleで「附け打ち」と検索を掛けてみるとなんと「0件」でした。附け打ち・附けという言葉すら知らない方が殆どでした。附け打ちはその座る場所(客席と舞台の間)の如く、歌舞伎と観客とを近づける役割も担っていると感じています。引き続き、現在も、私たち附け打ちのスタンスからの歌舞伎の面白さを、いろいろなメディアに配信をして、皆さんに楽しみが伝われば、と思っている次第です。

☆附け打ち委員会ホームページ  http://www13.plala.or.jp/tukeuchi/

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Q 劇場に居る時間が長いと思いますが、いろいろなことに興味を持って過ごしているようですが。

山崎 劇場にいる間の楽しみは、やはり、皆さんから色んなお話しを聞くことですね。毎日、思わぬ発見があったりします。あとはご飯ですね。お弁当やら、ご当地の美味しいもの廻りとか。

Q 役者さんのように粋な人生を楽しんでいるのではないかと、羨ましいです。

山崎 役者さんは梨園の方ばかりですので、楽しみ方は到底一緒には出来ませんが、遠からず近からず、歌舞伎の歴史の一端を一緒に過ごしているという意識は常にもっています。苦労の連続ですが、常に粋さを持って楽しみたいですね。

Q 片手間にやっていた附け打ちの仕事が、歌舞伎にはなくてはならない部門として確立されたことは凄いと思います。

山崎 前にも述べましたが、歌舞伎座でフリーランスの大道具として働いていたとき、この「附け」を打つことは、どうして大道具さんの一つの仕事なんだろう?とずっと考えていたんです。こんな役者と一対一で、しかも主役ばかりと対決する大切なポジションを、どうして片手間なのか・・・と。歌舞伎には無くてはならないこの附け打ちの存在を、高尚に奉るつもりはありませんでしたが、採算はどうなるかは分からないけれども、どうにかしたら、独立した部門にできるのではないかと。現在の会社のトップに相談して、大道具セクションから切り離してもらったんです。当然劇場付きではなくなりますので、かといって、当初はそれ程認識もないので、仕事も潤わず、全員を独立部門に引っ張ることもできないので、劇場に残しました。それから現在に至るまで、劇場付きとの連携のバランスを取ることにとっても苦労をしました。

Q 後進の育成もよろしくおねがいします。

山崎 後輩の育成は現在も継続して続けています。

【取材:関賢栄】